持つべきは・・・。

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春は出会いと別れの季節。

先日17年勤めてくれた部下が郷里に帰ることになり退社しました。

富山県出身で短大卒業後、建築部の技術者として粘り強く活躍してくれました。

京阪神での薬品会社では建屋を彼が窓口で継続して沢山建設させて頂きました。

工場の責任者の方から「エース○師!」と呼ばれていました。

一緒に食事に行く時は先方の工場長のご自宅に泊めて頂くほど信頼して頂いておりました。

現在も別の担当者で同じお客様の工場を新築中です。
 

 
送別会は市内の居酒屋で行いました。

退職した元取締役も出席され名残を惜しみました。

・・・その折に彼の若い後輩も出席してくれ、かいがいしく宴会の進行のお世話をして頂きました。

彼らお陰で気持ちよく送別の宴を過ごしました。
 
 
 
連休前半に一夜東京まで出かけました。

学生時代のスキー倶楽部の我々の代と一つ下の代の集まりです。

当日、兵庫県で客先様とのゴルフ終了後、新神戸駅駅前に車を置いて新幹線に乗りました。

2030頃東京駅に着いて会場の新橋駅近くの学生時代なじみのおでんやに向かいました。

着きますと後輩が直ちにおでんの残りを皿に入れてくれ、練りからしをつけ、ビールを運んでくれました。

「米田さん、どうぞ・・・・w」

ことほど左様に二人の後輩が献身的にお世話をしてくれました。

別の店に行こうとすると私の荷物を運ぼうとする・・・。

会の段取りも私が幹事でしたが、在京の後輩がすべてやってくれました。

但し彼から「米田さん、1700お多幸(おでんや)集合ありき・・でしたよね。」とも言われました。

その言葉を契機に遅参を皆から責められ、良い酒の肴にされました・・・。。


 
 
そんなことにはめげず、翌早朝、直ちに大阪にとって返し若い社員の結婚式に参席させて頂きました。

式の合間に家内に写真をLINEしますと

「わぁ素敵!美男美女(*´ω`*)」

とのことでありました。

・・・因みに「美男」は送別会でかいがいしくお世話をしていただいた彼でした。
 


 
 
持つべきは良き後輩!ですねw
 
 
 

息吹

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すっかり暖かくなり桜も満開ちかくになりました。

昨日、関連会社の西部開発の掘削地に行きますと河川敷の此処彼処(ここかしこ)に可憐な水仙の花が咲いてました。

少し持って帰ろうと車の中を探しましたが、花切りばさみなくトランクの中にカッターの刃があったので利用して持って帰りました。

花瓶に活けたら部屋の中がぱっと明るくなりました。
 

 
 
 
 
最近、江戸時代の人情本を楽しんで読んでいます。


 

3月に新卒の合同説明会で社員達と京都勧業会館(みやこメッセ)に行く用事がありました。

待ち時間に向かいにある蔦谷書店に入りました。

当世風の書店でジャンルごとに書棚が分かれており二冊買い求めました。

「グレート・ギャツビー」スコット・フィッツジェラルド著村上春樹訳と「『いき』の構造」九鬼周造著です。

前者は映画にもなった米国のロストジェネレーション時代を代表する有名な小説です。訳者村上春樹が「人生で巡り会った最も大切な小説」と冒頭に書いております。「過不足のない要を得た人物描写、所々に現れる深い内省、ビジュアルで生々しい動感、良質なセンチメンタリズム・・・。」(村上春樹)。学生時代の教養課程のおりに英語の授業でこの本をテキストに使った気がしますが、遅々として進まなかった気がします。

一気に味わい深く読みました。
 
 

後者は以前から本の名前は知っておりました。

写真の六面体の図は何処かで見た事があります。

筆者は日本の伝統芸能の長唄、清元、歌舞伎、義太夫、戯作本、小説などから「日本の『いき』」について考察します。

①媚態

「片山氏は・・・玲子と間隔を開けるやうに、なるべく早足で歩かうとした。だが、玲子は、そのスラリとした長い脚で・・・片山氏が、離れようとすればするほど寄り添って、すれすれに歩いた。」菊池寛「不壊の白珠」
 

②意気地

命を惜しまない町火消し、鳶者は寒中でもはだし、法被一枚の「男伊達」をと尚(とお)とんだ。「いき」には「江戸の意地っ張り」「辰巳(たつみ)の侠骨」(江戸の遊里深川。義侠心)がなければならない。

「野暮は垣根の外がまえ、三千楼の色競べ、意気地競べや張競べ」長唄「対の編笠」

「色と意気地をたてぬいて、気立てが粋(すい)で」薗八節「花街の色糸」

「金銀は卑しきものとて手にも触れず、仮初めにも物の値段を知らず、泣き言を言わず、誠に公家大名の息女の如し」とは江戸の太夫(たゆう)の賛美であった。斎藤隆三「近世日本世相史」
 

③諦(あきら)め

「たまたま逢う切れよとは、仏姿にあり乍ら、お前は鬼か清心(せいしん)様」清元節「梅柳中宵月」

「思ふ事、叶わねばこそ浮世とは、よく諦めた無理なこと」

「情ないは唯うつり気な、どうでも男は悪性者」長唄「京鹿子娘道成寺」

「糸より細き縁じゃもの、ついきれ易くて綻びて」清元節「重妻閨の小夜衣」

「人の心は飛鳥川、変わる勤めはならひじゃもの」義太夫節「夕霧伊左衛門曲輪文章」

「わしらがやうな勤めの身で、可愛と思ふ人もなし、思うて呉れるお客もまた、広い世界にないものぢやわいな」
 

筆者は「日本の『いき』」を「垢抜けして(諦め)、張りのある(意気地)、色っぽさ(媚態)」と定義しています。
 
その考証に挙げられる文章に江戸後期の戯作者為永春水の戯作本が挙げられておりました。

「胸の煙は瓦焼く竈にまさる」・・・「春色梅児誉美」

「粋な小梅の名にも似ぬ」・・・「春色梅児誉美」

「さぞ意気な年増になるだろうと思ふと、今ッから楽しみだわ」・・「春色辰巳園」
 
気になり春水の戯作を読んでみようと思いました。

Amazon のKindleで国立国会図書館がIT上に公開している春水の著作をダウンロードしました。

う~ん・・・。。。

これでは歯が立たない・・・。
 
 

気を取り直して文庫の「梅暦」とマンガ日本の古典「春色梅児誉美」を購入。

文庫の「梅暦」を読んでみますと充分に読めました。

「梅暦」とは「春色梅児譽美」(しゅんしょくうめごよみ)の略称。

主人公丹次郎を中心に織りなされる深川芸者米八と丹次郎の許婚お長の恋と意気地が描かれています。

春水はこの書を代表作として江戸末期「人情本(大衆小説)一流の元祖」を誇号しました。

江戸時代の細やかな人情話が現代の我々でも楽しめます。

話の込み入ったところもあり、大きな話の筋はマンガで確認(読んでいても人物関係が判らなくなる時あり。。)、戯作本とはいえ江戸時代の人々の息吹を感じることが出来ます。

おなじ日本語が続いていることに感謝でね。
 
 

・・・行水の流れと人のみのさくが、ト口の内にて幾度か、繰返しつつ他目(よそめ)もふらず、稽古にかよふ一人の處女(むすめ)、年は三五の月の顔、花の口元うるはしき、姿に伊達の三升(みます)じま、しゃんと結びし小柳の、帯も目にたつ當世風、行(ゆく)むかふより年の頃、十九か二十のやさ男、首をかしげて物あんじ、思はずバッタリ行當り、互いにこれはと顔見合せ、男なら「お長じゃアねえか。女「オャお兄いさん。マァゝどふしてお目に、丹「ほんとにまァふしぎな所であったのふ。マァいろゝ聞きたいこともあるが、爰(ここ)じゃァ往来だからどこぞへ、ト近邊(あたり)を見まはし、「マァあすこにうなぎやがある。マァ久しぶりだから一緒にお飯(まんま)でもたべよふ、トいはれてお長は嬉しくもまた恥ずかしく赤らめし顔におおひし懐紙の包み、只アイゝと打連れて、うなぎやにこそいたりける。うなぎや「いらっしゃいまし。お二階へいらッしゃいまし。お多葉粉盆(たばこぼん)をおあげ申しなヨ。ト女房があいそに段梯子、二人あがる二階の座しき、表のかたは多寡橋の行来賑わふ春げしき。丹「寔(まこと)におらァおめへの事を案じてばかり居たが、今日ここいらで逢ふとは、夢にもおもはねえ。どふしてここいらを歩行のだ。何かあの、廓(あっち)にはゐないのか。長「アイモウいつか中(じゅう)から居ませんョ。丹「そして今じゃァ何所にゐるのだ。つばくら口の懐紙を持って歩行(あるく)からは、近所にゐるか。何所へ稽古にゆく。長「イヽヱ此近所じゃありませんョ。小梅に居りますは。丹「小梅から此所に稽古に来るのか。長「イヽヱ銀座の宮原さんが月に六斎、近所のおやしきにお出でだから、節をよく直してもらって、不断は市原のお師匠さんにまいるョ。丹「そふか。銀座の宮原さんなら節は大丈夫だ。そして市原から今日はどこへ行くのだ。長「けふは稽古の帰りに姉さんの名代に、上千寺に参るのでありますョ。丹「小梅の姉さんとはだれのことだ、ト聞折(きくおり)から、下女茶を汲んできたり、下女「いかほど。丹「アイまァ中位なのを三皿ばかり焼いてくんな。女「ハイ御酒(ごしゅ)は。丹「イヱお飯(まんま)ゝ。それともお長おめえのむか。長「イヽヱ、トにつこり。下女梯子の手すりの際に寄せありし衝たてを二人の脇にたて、下へトンゝおりて行。長「ほんに小梅にゐるのも、姉さんといふもごぞんじなひのだねへ、ト・・・

               「梅歴 上」為永春水 古川久校 訂

栴檀(せんだん)は双葉より・・・。

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年初来、地域の小学校二校、中学校一校で講師での講演が進行中です。

「夢を育む出会いの活動」の一環です。

小学校では4年生から6年生、中学校では3年生にお話しをします。
 
 
ご依頼を受けて小学校の生徒さんに「どんな話をすべきか?」迷いました。

因みにお題は「夢を持つ」です。

 

子供の頃の話をしたり、

学校を卒業して3年1ヶ月東京の建設会社で勤めた話をしました。

・・そうそう静岡県の現場で所長と主任さんから退社時に餞別としてパターを頂いた話をしました。


 
 

後半は「仕事をしてきて楽しかった事」みたいな話をしました。

・・・驚いたのはある小学校で質問が次々と出てきて、時間切れになったことです。

質問内容も

・・・何時から何時まで働いていますか?

・・・お給料はいくらですか? 

・・・学歴は?

・・・一番印象に残っている事は?

・・・一番嬉しかった事は?

・・・「仲間に助けてもらった事」で印象深い事は?

段々質問が核心に入り、「そこを突いてくるか?」みたいに舌を巻きました。

別の小学校から頂いた作文もかなり正確に話の内容を理解されていました。

字もとても綺麗に書けていました。
 
 
「栴檀(せんだん)は双葉よりも芳し」(白檀=びやくだんは発芽の頃から香気を放つ。大成する人は幼少の時からすぐれているというたとえ)

とは良く言ったもので、小学校高学年ぐらいになると全く大人と対等あるいはそれ以上に感じました。

眼をキラキラとされた光景も印象に残りました。
 
 

 
 
講演の最後に児童代表で挨拶されたのが弊社の社員の子息のGちゃんでこれはこれで嬉しかったですw

水害の頃は会社の横のマンションに仮住まい中でたまにGちゃんのキャッチボールのボールがコロコロと会社の構内に転げてきた事を思い出しました・・・。
 

 
 

やまはしろがね・・・♪

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二月四日の立春の日はのんびりと起き出して、手帳を開く。

・・・「!」

早朝に起き出して立春のお札を書くのを忘れていた・・・。。

直ぐに墨を摺り、半紙を整えお札を書き出す。

半紙数枚にお札を書く。

ようやく書き終え家の柱に古いお札と貼り替える。

・・・何故か「奥の細道」の芭蕉の出立の処を思い出す・・・・
 

・・・・月日(つきひ)は百代(はくたい)の過客(かかく)にして、行(ゆ)きかふ年もまた旅人(たびびと)なり
舟の上に生涯(しょうがい)をうかべ、馬の口とらえて老(おい)をむかふるものは、日々(ひび)旅(たび)にして旅(たび)を栖(すみか)とす。
古人(こじん)も多く旅(たび)に死(し)せるあり。
よもいづれの年よりか、片雲(へんうん)の風にさそはれて、漂泊(ひょうはく)の思ひやまず、海浜(かいひん)にさすらへ、去年(こぞ)の秋江上(こうしょう)の破屋(はおく)にくもの古巣(ふるす)をはらひて、やや年も暮(くれ)、春立てる霞(かすみ)の空に白河(しらかわ)の関こえんと、そぞろ神(がみ)の物につきて心をくるはせ、道祖神(どうそじん)のまねきにあひて、取(と)るもの手につかず。
ももひきの破(やぶ)れをつづり、笠(かさ)の緒(お)付(つ)けかえて、三里(さんり)に灸(きゅう)すゆるより、松島の月まず心にかかりて、住(す)める方(かた)は人に譲(ゆず)り、杉風(さんぷう)が別墅(べっしょ)に移(うつ)るに、

  草の戸も 住替(すみかわる)る代(よ)ぞ ひなの家

面八句(おもてはちく)を庵(いおり)の柱(はしら)にかけ置(お)く・・・
 

・・・まぁ・・・どうでもええか・・・。

 
 

約束の時間になったので家内にせかされながらスキーに出発。

孫を途中でピックアップ。

スキー2年目で片方は何とか曲がる。

家内は動画を撮ったり写真を撮ったりと忙しい。

雪模様ながら何とか滑る。


 

 
 
翌週も彼とのんびり二人で滑りにゆく。

緩い斜面で滑っていたが、途中で「上に行こう!」とのことで北壁の上に上がる。

急斜面をリフトは上がる。

何とか比較的ゆるめの中央ゲレンデを滑り降りる。

何回も繰り返す。

帰りの車中Jazzをかけていると何故か後ろの席で機嫌良く、メロデイーと関係ない鼻歌を歌っているのが可笑しいw

 
 

新春

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あけましておめでとうございます。

本年も宜しくお願い申し上げます。

皆様方にとって素晴らしい年になります事をお祈りいたします。
 
 


“Byron Bay “ photographed by Akiko Morita

 
 
 
年末年始ともに穏やかな天候となり家庭内でも諸々の行事が進んでいきました。

今年より社内の虚礼廃止で社内間の年賀状を廃止しました。

年賀状書きがあっという間に終わりこれはこれで有り難かったです。

お正月は大晦日に届いた「ギリシャ人の物語 ⅠⅡⅢ」塩野七生著を読み始めました。

ローマ人の物語」に続いて「ローマ亡き後の地中海世界」「レパントの海戦」「ロードス島攻防記」を読んでたまにネットに出てこられる塩野七生氏のインタビューの記事に興味をもって取り寄せました。

紀元前8世紀頃の民主政の萌芽、興隆そしてその間のアテネ・スパルタ等の都市国家連合とペルシャ帝国との戦いなどが書かれております。

未だⅡに入ったところですが、現代社会の政体に充分に通じ比較されうる興味深い著書です。

又「歴史の父」と呼ばれるヘロドトスの「歴史」が同じ時代の歴史や風俗、伝承を書いているので読み比べてみるのも面白いかと思います。(読みかけで途中でほおってありますが・・・。。)

そして、読みながら常に頭の中に漠然とある「歴史ってなんなんだろう・・・?」という事をゆっくり考えてみたいと思います。